「じゃあ、何か心当たりでもあったら連絡をください」
そう言って、二人の警官は美鶴から離れていった。
昨晩、誰にも何も言わずに現場を立ち去った行為は、相手に不信感を抱かせたらしい。だが、霞流の名前を出した途端、年配の警官の態度が反転した。
世の中とはこういうものなのだ。
冷めた気持ちで悟りながら、美鶴は警察の連絡先をポケットに捻じ込む。改めて現場を眺めた。
木材の間を行き来する人を見ていると、なんだが情けなくなる。
やっぱなんにも残ってないか。
小さくため息をついた時だった。
「美鶴っ!」
呼ばれて振り返った。
「聡っ」
隣には山脇もいる。
「お前、火事ってなんだよっ?」
どういう答えを求めているのかさっぱりわからない質問をしながら、聡が走り寄ってくる。
「聡、なんでここに居るのよ?」
「なんでって、お前、いちゃ悪いかよ?」
「悪いとかってんじゃなくって、なんで火事って知ってるの?」
「クラスの一人が知っててさぁ、教えてくれたんだよ」
それはきっと女子生徒だろう。
ざまぁみろ的気分で聡に報告する女子生徒。火事で家を失った美鶴を不憫に思う心など微塵も持たず、嬉々として語るその姿を想像して、妙に納得してしまった。
「なんで知らせてくれなかったの?」
山脇が横から口を出す。
「なんでって、知らせないといけない?」
山脇の質問をかわすように問いかける美鶴。対して二人は即答。
「いけないでしょうがっ!」
「なんで?」
「なんでって、心配するだろーがっ!」
美鶴の済ました態度が、もう我慢できなくなったらしい。聡は大口を開けて美鶴の両肩を掴んだ。
「お前なぁ、いい加減にしろよっ。火事って知って、俺がどれだけ心配したかわかってんのかよっ!」
詰られると余計に反発したくなるのは、美鶴の性格のみが原因だろうか?
「別に心配してくれなくったって……」
「もういいっ! 聞きたくねーよっ!」
そう吐き捨てると、聡は肩から手を放してそっぽを向いた。首元で縛った髪の毛が、窮屈そうだ。
「何怒ってんのよ?」
「普通怒るって」
横で山脇が嘆息しながら、瞳だけを上に向ける。
「そうかしらん?」
瞳を細めてしれっと答え、その瞳を山脇へ向ける。
「アンタも火事に釣られて来たの? 物好きねぇ」
だが山脇は、美鶴の挑発に乗るほど単純ではない。
「これを…… ね」
右手の人差し指でクルッと回し、そのまま美鶴の目の前へ突き出す。
「ワザワザ返しに来たワケ? ご苦労なことね」
「返してと言われた物は、返さないとね」
意地の悪い言葉をサラサラとかわす山脇の態度。焦燥を感じずにはいられない。
ひったくるように鍵を受け取り、苛立だしさを隠しもしない美鶴。その態度に心内でため息をつき、山脇は話題を変えるべく口を開いた。
「派手に焼けたみたいだね」
「全焼です」
「全勝? 完全勝利?」
「……… お前は一生空手やってろ」
美鶴に突っ込まれ、なぜだか機嫌を直す聡。
「冗談だよ」
クククッと肩を震わせて笑うのは、昔とちっとも変わっていない。
「そうやって突っ込み入れられるんなら安心だよ。家に電話しても通じないし、マジで心配したからな。まぁ、こんな有様なら、電話なんて通じるワケないんだけど」
二人のやり取りに、山脇はまたもため息。今度はどことなく不機嫌そうにに大きく息を吐き、首を傾げた。
「にしても、こんなカンジだと、もはや住めないね」
「なにせ完全勝利だからね」
「じゃあ、今までどこに居たの? 火事は昨日の夜だろう?」
「あぁ……」
美鶴は口を開いたまま躊躇した。だが、別に隠すことでもあるまい。
一度口を閉じ、たっぷり一呼吸置いてから再び開く。
「霞流さんの家」
「霞流?」
「あの駅舎の人」
「あぁ」
駅舎と言われてようやく思い出したらしい。山脇も聡も軽く頷く。だが
「なんで?」
「え?」
「なんで、霞流ってヤツの家にいんの?」
「あっと、それは…… なんと言うか、成り行きと言うか」
「成り行きぃ?」
二人の大声に美鶴はヒッと息を呑み、慌てて周囲を見渡す。
「ちょっと、大声出さないでよ」
だが二人は、特に聡はまったく構う様子もない。
「成り行きってなんだよ。どういう成り行きだよ?」
「どういうって、別に大したことじゃないわよ。ただ、夜を明かすところがなくってどうしようってお母さんと話してるところに、たまたま霞流さんと会って、ウチにどうですかって言われたの」
「たまたまぁ? どこで?」
「どこで?」
「どこで霞流ってヤツに会ったんだよ?」
「どこって……」
美鶴は口ごもりながらも、少し離れた路地の途中を指差した。
「あの辺りかなぁ? とりあえずお母さんが、勤めてる店のママにでも電話してみるから、駅前まで電話探しに行こうって、歩き始めてところだったから」
「へぇー」
聡は、美鶴の言葉を遮るように呟く。山脇は無言のまま、美鶴が指差す方角を見つめた。
「……なによ?」
二人の意図が分からず、不安半分不愉快半分で問い詰める。
「なんだってのよっ?」
「そのさぁ、霞流って人、この近くに住んでんの?」
「まさかっ! あんな金持ちがこんな下町の下町に住んでるワケないでしょう」
「だろうねぇ」
「僕もそう思う」
口々に答える二人の言葉を聞いて、美鶴はようやく理解した。
「なんかね、家に帰る途中に渋滞を避けようとして脇道に入ったんだって。そしたら運悪く火事に出くわしちゃって、救急車やら警察やらの車両に阻まれて足止め食らっちゃったんだってさ」
美鶴は昨夜、車中で霞流慎二から受けた説明を思い出してみる。
「この辺りは詳しくないから、ナビで検索してもいまいち道がわからないし、だいたい古い町並みだから道路も狭いじゃない。大きな車だと身動きが取れなくて、逃げ道も上手く探せないから、辺りが落ち着くのを待ってたんだってさ。で、せっかくだからどんな火事だか見てみようってんで、この辺りまで来たところに私達がいたってワケ」
美鶴的には、この上なく簡潔かつわかりやすい説明をしたつもりだ。腰に手を当て、二人を見上げる。
「おわかり?」
「ふーん」
懇切丁寧に説明したつもりが、それでもいまいち納得しない。美鶴は少々腹が立つ。
「なによ、なにが気に入らないっていうのよっ?」
「ヤケに丁寧だねぇ」
「なにが?」
「説明が」
「は?」
「いつもの君なら「アンタ達には関係ないでしょうっ」の一言で済まそうとするクセにさ」
美鶴は言葉を失った。
あれ? 本当だ。
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